能登半島地震 | メイン
2007年12月28日(金)
ありがとうございました。
[ワンネスムーブメント] , [能登半島地震]
2007年も後3日で終わりになります。振り返れば早いものですね。
今年は、能登地震でビックリさせられ、更に中越沖地震など、天変地異が世界で起こりましたが、直接被害を受けなかった人にすれば、そんな事があったね。と言う感じですよね。私も近くの事はハッキリ覚えていますが、海外や遠くの事は忘れてしまいます。
政治の事他、毎日の色々なニュースも次々と忘れていきます。
忘れるからいいのかな?と思っています。忘れるから又新たな事が始められるような気がします。
能登地震の被害者も「前向きに考えていくしかないし、自然現象に八つ当たりしてもしょうがないから」、と元気な人も増えてきました。
私自身は、振り返ると良い1年でした。家族や知人も元気に年が越せそうです。
最近は、元気なら何でも出来るから、全て良し。 と言った心境です。
又、先日の中西さんのセミナーでも「人間関係」を整えれば幸せになれます。まずは、それに気づく事で人生は変われるそうです。詳しくは是非セミナーを受ける事をお勧めします。
私自身、本当に腹に落ちるセミナーで「生まれてきてよかった。」と心より幸せを感じました。
(株)いやしの村も明日大掃除をして正月休暇に入ります。来年は7日より平常営業になります。
今年1年ありがとうございました。来年も皆様と共に良い1年であると信じています。
どうぞ、良いお年をお迎えください。
感謝
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 パパ : 2007年12月28日 17:12
| トラックバック (0)
2007年5月16日(水)
連休に喜楽楽に行ってきました
能登地震の被災者も仮設住宅に引越しでき、とりあえず落ち着きを取り戻したように感じました。しかし、爪あとは深く土砂くずれや道路の復旧、被災者の住宅の修理、建て直し等など、まだまだ時間が掛かりそうです。
連休中は能登半島も、励ましを兼ねた観光客が沢山来てくださり、賑わったようです。また、中止も噂された伝統のお祭りも予定通り行われ、震災に負けないで頑張ろうと言う意欲を見せていて、私もホッとしました。
喜楽楽も天候にも恵まれ、爽やかでのどかな日々でした。新緑も爽やかで花壇の花や、雑草にまぎれている名前も知らない小さな花が可愛く咲いていました。ただ、広場の隅に設置した地震計(東大の研究所に頼まれたもの)が地震を思い出させる物でした。
それと小さな余震が2度ばかりきて、ふと当時を思い出しました。
私は、ゴールデンウィーク後半の2日間だけでしたが、前半は子供連れの家族などで賑やかだったようです。
喜楽楽の周りは、山菜が豊富で子供も大人も楽しみながら収穫したそうです。海岸では、海草を取り、近くの竹林ではタケノコを掘り、食材は殆ど自然の恵みを戴きました。
春の時期は特に、食べ物に困る事はありません。それも無料です。町では高級料亭でしか食べられないような、ウドやタラの芽などもいっぱい食べられて幸せ一杯でした。田舎暮らしは、手間暇は掛かってもお金は余りかからないですね。
海岸で採集した海草もシャブシャブにしたりワサビしょうゆと酢の物にし最高に美味しくいただき、タケノコや山菜も採る楽しみもあって一石二鳥です。タケノコは、落ち葉の陰にチラッと見つけると「やったー」と言う感じでドキドキします。子供たちも大はしゃぎだったそうですよ。
私も町で育ったので、このような経験は少なく今でも楽しくてしょうがありません。喜楽楽に来られる方もほとんど初体験で、大喜びです。しかし、中には虫が大嫌いな人がいて、馴染めない人もいますが、そんな人も食べるのは大好きですね。
喜楽楽の畑仕事もこれからが本番です。夏から秋にかけ、収穫できる何種類もの苗や種蒔きをして、皆さんをお待ちしています。お手伝いも楽しいし、土と触れ合うと元気をもらえますから、ぜひ遊びに来てください。
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 パパ : 2007年5月16日 14:52
| トラックバック (0)
2007年5月 1日(火)
能登地震に遭遇して
自分が見たものが現実?
3月25日の能登半島地震には、本当にビックリしました。
私はその日金沢で、ある会合に参加してビルの4階の会議室にいましたが、今にもつぶれそうな凄い揺れに何もできず、他の参加者と呆然としているだけでした。
揺れがおさまり、すぐに外を見ると電信柱や電線が大きく揺れていました。もしかしたら大変な事が起きたのでは?と思い、自宅に電話をしても回線が繋がらないし、情報が入ってこないので焦っていたら、会合に参加していた方が携帯TVを見て「震源地は輪島付近らしい、それも震度6強」と言っていました。「金沢は?」と聞くと震度4と言われ、とっさに喜楽楽はどうなったのかと思い電話をかけ続けるが5時間ほど繋がらず焦ってしまいました。
やっと管理人の千葉ちゃんと繋がって様子を聞くと、意外な明るい声で「ゼンゼン大丈夫でーす」と返事がきて、安心したのと拍子抜けしたのとであっけに取られた感じでした。
しかし、よく聞くとほとんどのふすまが外れて倒れたのと、コップが2つ割れたそうです。
千葉ちゃん曰く
「地震は凄かったけど、初めての体験で怖いと言うより楽しかった。それより最近のストーブお利口ですね。慌てて消しに行ったら2台とも消えていたよ。」でした。
しかし、夜のニュースを聞きまたまたビックリ、見慣れた門前町と軒並み倒れた家が映っているので、千葉ちゃんの話と一致しないぞ、報道は極端なところだけクローズアップしているのかなと思いました。とにかく喜楽楽に行かなくちゃと思い、翌日の予定をキャンセルして門前に行く事にしました。
予想以上の被害に唖然!
ニュースでは、道路も寸断されているらしいが、とりあえず行けるところまで行ってみようと妻と朝の6時半に出発しました。能登有料道路は柳田で通行止めになっており、国道249に入り富来まで行くと、この先門前方面は通行止めになっていました。ここから先は迂回路を利用し、細い道をクネクネと運転していくと、途中ブロックが倒れていたり、瓦が落ちていたり、歪んだ家があったりと、門前に近くなるにつれて被害が大きくなってくいくのを感じました。
いつもより、1時間遅れで何とか喜楽楽に着き中には入らず、すぐに千葉ちゃんを乗せて町まで行きましたが、唖然としてしまいました。軒並みテレビの報道の通り、と言うよりもっとすごい状況でした。千葉ちゃんも喜楽楽の周辺と大違いなのでビックリ、やっと事の重大さを知った様でした。
私たちは、すぐに知人の家を訪ねてみると2軒の家は、傾き玄関の戸は半分開いたままで動かず、下駄箱や部屋のタンス類は倒れ足の踏み場もない状態でした。避難所に行ったらお一人は娘さんの家に非難し、もう一人は別の場所に避難して怪我もなく元気だと聞きホッとしました。
また別の知人は、半壊の家の前で呆然としていて、昨日から何も食べていないと言うので、持って行ったペットボトルとおにぎりを置いてきました。
喜楽楽によく遊びに来てくれる人の家も、柱が折れ壁が落ち基礎が10cm以上ずれ、余震がきたら倒れそうなのに掃除をしていました。私たちも何といって良いやら言葉に困りましたが、一緒に片付けや掃除の手伝いをしました。ただ、救われたのは主人や息子さんが前向きで「この様なきっかけがないと変われないんでしょうね。この町もきっと生まれ変わるんでしょうね」と冗談交じりで話をしていました。その親子は、家がそのような状態にもかかわらず、今日も自分の家で寝ると言うので、ぜひ喜楽楽で泊まるように説得してきました。それに断水しているので、喜楽楽から水を運びました。
日帰りで喜楽楽に行ったのつもりが・・・
私もママも日帰りで帰る予定で来たのですが、現状を知ってしまったら、このまま帰れなくなりボランティアとして残る事にしました。
翌日門前役場に行くと、突然の事で何から手をつけて良いのやら分からず右往左往していました。ボランティア本部は今日中に立ち上がる予定なので、明日の朝もう一度来てくださいとの事でしたので、係りの人に喜楽楽を使ってくださいと言って昨日の知人の家の手伝いに行きました。
午後に時間が空いたので金沢に着替えを取りに帰り、会社のスタッフに現状の説明ややり残しの仕事をして、翌早朝門前に向かいボランティアミーティングに参加し手伝う事になりました。
早速、仮説トイレの掃除やゴミの仕分け、被災者の家の片付けや掃除に追われました。
被災者の家に行くと、おばあちゃんが一人で住んでいる所も多く、私たちに「すみませんねー。掃除は私がしますから倒れたタンスだけ起こしてくだされば充分ですから」と遠慮がちなので私たちも「何でもさせてください、その為に来たのですから」と言うとおばあちゃんは、「今まで対岸の火事と思って何もしないで来たけど、これからはお返しさせてもらいます」と手を合わせていました。
私は、8人のグループで行動していました。若い人が中心でしたが、皆さん積極的に黙々と働いています。被災者の家に行っても家人に対する気遣いはもちろん、作業も誰に指図されなくても動いています。さすがに自発的に参加する人の意識は高いなーと頭が下がる思いでした。私も久しぶりの力仕事でチョッと筋肉痛です。
日本中から報道陣、モラルは?
その間、報道陣がしつこく付きまとい仕事の邪魔になる場面も多々ありましたが、報道陣も「すみません。私たちも仕事なのでお願いします」と金魚の糞の様に付いていました。
全国から凄い数の報道陣が来て狭い駐車場に車を止めるので、係りのボランティアさんも大声で「被災者やボランティアの邪魔をしないでください!車は直ぐ移動してくださーい」と声を枯らしていました。確かに報道陣のモラルも考えてもらいたいですね。
翌朝、ボランティア本部に行くと地元に土地勘がある人が本部にいないので居てほしい、と言われ私とママは本部でニーズと言う担当をする事になりました。確かに本部で働く人は、災害を経験した各地から派遣された方たちが中心で、地元の人が2人程しかいなく困っていたようでした。
ニーズと言う役割は、被災者からの電話でのボランティア依頼や、全国からボランティアに行きたいけどアクセスを教えてほしいとか、炊き出しに行きたい等など電話での窓口業務です。確かに土地勘がないと返事に困る電話も多く、電話に馴れた人が適任のようでした。
中には、苦情電話も多々ありました。
お役所に頼んでも何もやってくれない、折角ボランティアが来たのに赤紙(危険家屋で立入禁止)が張ってあると言って帰ってしまったけど誰に頼めば良いのか、宿泊先をあっせんしてくれなきゃボランティアにいけないじゃないか、などなどです。(ちなみにボランティアは基本的には、自分で自分の事を出来る人のみ受け入れています)
被災者の方からの一番多い苦情は、役所に電話をしたがたらい回しにされ、挙句の果てボランティア本部にまわされ、さらに危険な作業は出来ないと断られ(屋根のシート張り等の作業)「もう誰にも頼まん」と怒鳴られた事もありました。私も何とかしたいけどボランティアは安全第一なので低調にお断りして、自衛隊や消防署員を案内しますが、忙しくて回りきれないのが現状でした。
お役所の対応
やはりお役所の皆さんも慣れないことばかりで、対応に戸惑っている感じで臨機応変の対応が出来ないのでしょう。それにお役所の体質もあって慣例を曲げられないのでしょう。ですから、ゴミ一つにしても分別しなさいと指導するけど、現状とても出来る状況ではありません。壊れた電気製品や割れたガラス、土壁、茶碗、タンス、襖等などあらゆる物が運ばれてきます。ボランティアのリーダーや被災者とお役人が喧嘩する場面もありました。
それぞれの立場があり、お互い分からないわけじゃないのですが、現実を見ながらの対応を上役が決断するしかないですね。結局ゴミ収集車も何もかも混ぜ合わせて取っていきました。
喜樂楽を開放
喜樂楽を使ってください。と申し込みましたがボランティア本部としては、一律に出来ないサービスはしないのが建前なので、ボランティアさんの宿泊を公けに受け入れられない状況でしたが、ご縁のあった方々に宿泊のみですが無料で利用していただいています。
被災地近辺は、宿泊施設も限られているので県外の方は、寝袋持参で車で寝ている方が多いようです。また、1時間ほど離れた所に宿泊し門前まで通っている人もいらっしゃいました。
喜樂楽で泊まられた方も寝袋持参で車で寝る覚悟で来たので、お風呂にも入れて大喜びでした。泊まられた方は朝起きると自発的に掃除をしたりして帰られました。
今後の復興は?
被災地の復興は、この先長い時間を要すると思います。門前町は老人比率が47%と言う高齢者の町です。ある73歳の方とお話をさせていただきましたが、「わしは、まだ若い方だから使い走りをさせられているよ」と笑っていました。復興については、ご老人の方は建て直す気力も資金も無いですので、どうしようかと途方に暮れています。仮設住宅も2年間だけしか住めないそうです。
息子さんや娘さんが近県にいて、そちらに行く方もいるそうですが、長年住み慣れた所を離れるのは偲び難いですね。また、自分の子供に遠慮をして行けないという人もいました。
その方は、東京の息子さんから手伝いに行くと電話があったのに、泊まる所も無いと断ったそうです。何だかやるせない話ですね。
この先、行政の対応が問われると思います。私達個人では大きなこともできず、陰から応援するだけです。私も9日間のボランティアを通じ、被災者が本当に望む事を自分はどれだけお手伝いできたのだろうか?と思いました。結局は、自己満足に過ぎなかったのか?とも、感じました。
小さな想いが集まると・・・
でも、一人ひとりは大きなことはできなくても、この小さな想いが被災者の心の支えになり、行政を動かす原動力にもなっている事も間違いないようです。被災者も対岸の火事ではなくなり、今度は助ける側になりたいと口々に言っていました。
全ては、必要必然と言いますが、私達は、体験しないと痛みが分からないので、神は敢えて体験させ調和の方向に導いているのでしょうか?。できれば、このような体験はしなくても分かち合いや調和をしていきたいものですね。
私自身もこのような長期間?ボランティアに参加したのは初めてなので、本当に学ぶ事が沢山ありました。中でも人々の優しさや暖かさをいっぱい感じました。自然の力強さ、そして大地震に関係なく咲く桜や花々の優しさも感じました。元気でいられる喜びなどなど感謝です。子供たちやスタッフもボランティアに駆けつけてくれた事も嬉しかった。
ボランティアにいけない方々からの寄付金、励ましの電話も嬉しかったです。
この後、被災者の皆様の一日も早い復興と健康をお祈りしたいと思います。この先も少しでもお手伝いしていきたいと思っています。
藤井敏男
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 Admin : 2007年5月 1日 12:26
| トラックバック (0)
2007年4月26日(木)
義援金を寄託しました
NPO法人JOYヒーリングの会では、4月25日に皆さまからお預かりした義援金1,309,807円を、北國新聞本社に寄託しました。たくさんの義援金をありがとうございました。義援金は引き続き受付を致しますで、ご協力をお願いいたします。
義援金のお振り込み先は、こちらページをご覧下さい
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 Admin : 2007年4月26日 16:25
| トラックバック (0)
2007年4月 4日(水)
能登地震
今日、4月4日、10日ぶりに金沢に帰ってきました。
昨日の午後は、千葉ちゃんに頼まれていた喜樂楽の畑起こしとジャガイモを植えてきました。悲惨な被災地のボランティアとは違い、鳥の声を聞きながら心が洗われるようで楽しいひと時でした。
今回のボランティアを通して色々な学びが有り、私にとって有意義な時間でした。ボランティアの掟?と言った様な事も教えてもらいました。
1.自分の事は、自分で完結する事。(食事、宿泊、移動など)
※基本的には、水ですら被災者の物に手を出さない。
2.被災者に気配りが出来る事。
3.頼まれないことは、一切しない事。
4.報道陣に対しては、お役所やボランティア本部の批判は一切しない事。
5.危険な事は、頼まれてもしない事。
等など一見厳しいと思える条件を理解して、それでもOKならどうぞお願いします。
と言うことだそうです。
又、窮地に陥った時のそれぞれの心境で感心したことは、やはりボランティアの方々の対応でした。被災者が役場に相談に行き、たらい回しにされ腹を立ててボランティアに八つ当たりをしても、冷静に誤りなだめる姿を何度も目撃しました。
やはり、本心から何か役に立ちたいと思って来てる人は、素晴らしいですね。私も確かに、馴れない仕事で疲れましたが、ほほえましい楽しいことも沢山ありました。
被災者の皆さんからの差し入れもありました。スタッフや娘も駆けつけ汗を流してくれました。今の自分が幸せである事を、気づかされました。感謝
それから今日の朝、喜楽楽に雪が降り3cmほど積もりました。町のほうは雨でしたが何とも不思議な天候ですね。私の記憶にも4月の積雪は、遠い昔のことです。と言っても喜樂楽は、標高200mほどの山だからでしょうね。
被災地は、これからもボランティアが必要です。これまで気を張り詰めていた人たちもドッと疲れが出そうです。心のケアーも必要でしょう。私も時間を作り、もう一度手伝いに行きたいと思っています。皆さんも応援してください。
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 パパ : 2007年4月 4日 16:57
| トラックバック (0)
再度復活
能登半島に大地震が起きてから早10日目になる。
全国の皆様の暖かい御支援に心から感謝しています。本当に、ありがとうございます。\(^_^)/門前に来てからテレビも新聞も見ない生活をしているが、巷ではもう能登半島の地震の事など忘れられているのかもしれないなァ〜。
ウィークディーのせいなのか、ボランティアの数もガタンと減っている。今日は朝から珍しく良いお天気で、久しぶりに日本海がはっきりと見える。あちこちの屋根にかかっているブルーシートの色が痛々しく目に飛び込んでくる。
海も山も花も自然は全く、何事も無かったかのようにゆっくりと時を刻んでいる。人間だけがガタガタ騒いでいるように思えてならない。
この世は全て必要必然で動いているのならば、一体今回の地震は私達に何を伝えようとしているのだろうか?
時間が経つにつれて地元の人達の疲れと苛立ちが目立ってくるようになり、あちこちでキレた者同士の言い合いが見られる。普段落ち着いた人達なのにナゼ?いざとなると本性が出るのだろうか?
門前はお年寄りが沢山住んでいる町なので復興にも時間がかかるかもしれないが、こんな時にこそみんなで協力しあって調和して行く必要があると思う。
永年眠っていた土地が目覚めるいいチャンスなのかもしれない!
それにしても一日も早くに復興してもらいたいと願っている。
特にお近くの石川県、福井県、富山県の皆様!これからも、ボランティア活動のご協力を宜しくお願いします。

--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 ママ : 2007年4月 4日 00:04
| トラックバック (0)
2007年4月 2日(月)
能登地震の心理
私は、ボランティアに来て今日で八日目になります。その間、色々の人間模様を見せられました。お役所とボランティアの行き違い。
お役所も馴れていないのは、当たり前ですが、体質として規則を重要視して、臨機応変に対応出来ないので、住民とボランティアからクレームがきてトラブル事も多々あります。
ボランティアの皆さんは、自発的に手伝いたい、何とか役に立ちたいと言う強い意志がありますが、役所の方々は自分に対する守りが有るからかも知れません。それも分かる気がしますが非常事態には、被災者への配慮が優先されるべきかと思います。
又、被災者の意識もそれぞれで、パニクル人や冷静にプラス思考で考える人、泣きだす人、笑う人、私の気持ちも複雑になりました。私が被災者だったらどんな心境になるのか?考えさせられました。
藤井より
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 パパ : 2007年4月 2日 22:10
| トラックバック (0)
報道陣
昨日はお祭り騒ぎのようにボランティアの人達で活気づいていた門前も、今日は引き潮が引いたかのように閑散としていた。
報道陣も極端に少なくなったようである。
今回の災害地での、あまりにも沢山の報道陣に驚いた。とにかく報道陣の取り巻きは凄まじいものがある。
こちらに来た日にボランティアグループの人達と、箒とちりとりを持って歩いていると数人の報道陣に囲まれ、いきなりパチパチと写真を撮られた。ただ箒とちりとりを持って歩いていただけなのにビックリ!私って、そんなに有名!って勘違いしそう?
その後、被災者の家のグチャグチャになった部屋を掃除していたら、顔のすぐ側までカメラを突きつけられて、キャー!ビックリしている私の顔を見てすかさずに、「今どんな気持ちでボランティアをしていますか?」ときた。報道陣のあまりの無神経な質問におもわず「今の気持ちは、あなたと同じです。お手伝しないではいられませんよ。あなたもお仕事で大変でしょうけど、少しは手伝ったらどうですか?」と、余計な事を言ってしまった。
報道陣の若いお兄さんは苦笑いして「そうですね、おっしゃる通りですが私達も仕事なのですいません」と言ってその場にしばらく棒立ちになっていた。
報道陣も大変な仕事である。
山ほどの報道陣を眺めながら、つくづく思った。
ボランティア本部の方でも報道陣に対して、とても敏感である。ボランティア達は決して報道陣に対してコメントをしないように、との指導をしている。ちょっとした言葉をまったく違う意味合いに取られて悪いほうに、そして大袈裟に報道されてしまうからだそうだ。

--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 ママ : 2007年4月 2日 21:11
| トラックバック (0)
ボランティアに行って来ました
3/31〜4/1にかけて門前へボランティアに行きました。
朝、いやしの村スタッフのみんなと6:30に待ち合わせし門前へ向かいました。
まずは喜楽楽に寄ってみると、喜楽楽の敷地に内に地震の計測をしたいということで計測器が設置されておりました。
僕は、災害ボランティアは初めてです。
まずは、ボランティア本部に行って、申請と保険の加入の手続きをしました。
9:00から自分ができるボランティアがあったら挙手の上、前に出てきてくださいと言われました。
僕らスタッフ4名はその現場に圧倒されました。
「男性2名、女性2名で炊き出し」
「男性5名で瓦礫の片付け」
「男女各1名つづで、家の清掃」
このように順番に係りの人が案内されるのですが、
「男性3名・・・」と言ったと同時にボランティアの方々が
「ハイ!ハイ!」とすごい勢いで前に出て、次々とボランティアへ向かいます。
その様子を見ていた僕らも「ハイ!」と言うものの、なかなか勢いにのれず、ようやくボランティアに参加させていただけました。
ボランティアは被災されている自宅に直接「おじゃましまーす」といって勝手に入って作業をしてはいけないそうです。
押売り、押付けボランティアはお断りだそうです。
ですからボランティア本部が、依頼のある家へボランティアを派遣しています。
(この本部でパパとママはボランティアしています)
ご依頼の家へ向かう途中、家屋が半壊してたり、ペッチャンコになって全壊している家など、地震のすさまじさがうかがえます。
僕らスタッフ4名と門前高校の教師をしている男の人、全部で5名がボランティアに向かいました。
その家の裏の土蔵が半壊状態で、土壁が落ちていて、それを撤去する依頼が来ていました。そこの奥さんは「輪島塗の食器はあきらめるけど、タンスの着物だけでも出したい」と落胆していました。
土蔵の土壁のを土嚢袋にいれたり、落ちた壁を移動して細かく割って撤去作業をしました。
午後から雨も降ってきて様子を見ながらの作業が続きました。
作業をしているとき、門前高校の生徒がそばを通っていき、一緒に作業している先生が生徒に声をかけていました。
先生「どうや様子は?」
生徒「いやー、大変や。疲れたは先生・・・」
身もココロも疲れきっているなぁーってしみじみ思いました。
作業もほとんど終わりに近くなった時、家と家の間に落ちている瓦があったので、
「撤去しますか?」と奥さんに聞いたら、
「だんなが自分でやると言っていたからいいよ」とおっしゃっていました。
「私たちやりますよ」って言ったのですが、「ボランティアの方に申し訳ない」というのです。
「そんなことないし、遠慮なく言ってくださいよ」といいながら瓦の撤去作業もやりました。
門前の方は非常に遠慮する人が多いそうです。
もっとやって欲しいことをボランティアに言っていただければいいのですが、今でも遠慮して、ボランティア本部にお願いを申請していない人が多いのではと心配されています。
全ての作業が終わった帰り際も、奥様は、何度も何度も頭をさげ僕たちにお礼をいいながら、泣かれていました。
現実に起きていること、これからの事、どうなるだろうという不安などの精神的な面で、ずいぶん苦労をされているのだなぁーと実感しました。
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 まっちゃん : 2007年4月 2日 11:57
| トラックバック (0)
2007年4月 1日(日)
ボランティアの課題
今日は日曜日とあって狭い門前町は、ボランティアの人達でごった返していた。大型バス30台もの団体ボランティアが次々と入って来た。
ボランティア本部もボランティアの対応に悪戦苦闘している。何故ならばスタッフ達もみんなボランティアだから〜〜
ボランティアに来たい、物資を送りたい、炊き出しに行きたい、などなど山ほどの問い合わせが一挙に押し寄せて来る。
ありがたい話しである。が需要と供給のバランスがまったく取れていない現状なので、スタッフ側は四苦八苦で対応している。
初めて立ち上げた門前ボランティア本部は、県外から駆けつけて来たボランティアスタッフ達が中心となって動いている。青年会議所、社会教育センターの人達が主になって交代して動いている。
2〜3日交代で慣れた頃に人が入れ替わるので 引き継ぎが大変である。と同時に役場との食い違い等で、問い合わせで電話した人達がたらい回しになる現象も出てきていて、それらの対応にも四苦八苦である。
今後のボランティア活動の課題かもしれない?
グ〜〜グ〜〜?
ん?いつの間にか携帯電話でブログを打ちながら眠っていたァ〜〜
今後は早く寝よーっと!お休みなさい(-.-;)
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 ママ : 2007年4月 1日 21:08
| トラックバック (0)
2007年3月31日(土)
ボランティア
能登半島に地震が起きてから一週間がすぎた。 普段静かな能登北陸道が都会のラッシュ並みに混み合っている。 朝一番で駆けつけて来てくれた、いやしの村のスタッフ達、そして友達と一緒に手伝いに来てくれた娘達の顔を見たらとても嬉しくて胸が熱くなった。
今日は週末とあって朝早くから大勢のボランティアの人達が受け付けに並んでいる。ボランティア本部の窓口の電話も、切れ間なく鳴り続いている。ボランティアをしてくださる人達がこんなにも沢山いるのだと、改めて知った。 ほんとうにみんな我が事のように真剣に、なんとかお役にたちたいと願っている。 素晴らしい人達がいっぱいいる。 嬉しーい!それぞれグループごとに依頼者の家に行って作業開始である。
ボランティアの基本は安全第一である。決して無理をしないで自己管理をしっかりする事である。
危険な建物や場所には絶対に行かないこと、必ず休憩をとり無理をしない事。
雨天時、強風時等は速やかにボランティア活動を中止する事などなど、安全重視対策である。
神戸に匹敵するような大震災の割には、最小限に止まった事は、ほんとうに不幸中の幸いだと思う。
これ以上二次災害が起きないようにしなければ!狭い門前町一帯はボランティア人口でごった返している。マスコミも今一番フォーカスしている場所は門前町だ。今だけではなくこれから先が肝心になるだろう。
長い目で見ていただきたい。ブームが過ぎ去った後の本格的なボランティアが必要になるだろうと思う。
どうぞ、皆様の気の長〜い、御支援を宜しくお願いします。

--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 ママ : 2007年3月31日 23:02
| トラックバック (0)
2007年3月30日(金)
地震雲
門前町一帯はほとんどの家が壊れている状態で、知れば知るほど悲惨な状況です。 このままでは帰れません。
一日目は肉体労働だったのに、二日目からはいつの間にかボランティア本部のスタッフとして奮闘している。子供が小さい頃に十五年間ほどガールスカウトのリーダーとしてボランティアをしたことがあるが、今回のような災害ボランティア本部のお手伝いは初めての体験なので、とても勉強させられる。と言いつつ目が廻るほどの忙しさだ! ボランティア本部の中心として活躍している人達は、ほとんど県外から駆けつけて来たベテランばかりなので、とても頼もしい!が、あくまでもボランティアなので、慣れた頃には帰ってしまう!と言った心細さもあり、改めてボランティアの内情を知る。次々と代わって行くスタッフ達同士が、いかに上手く引き継ぎ交代していくのかが、今後の大きな課題だと思う!
朝降っていた雨が止み太陽が顔を出し始めた頃、南の空に地震雲が姿をあらわした。 思わず雲に向かって「地震雲さん、もうたくさんです。これ以上地震を起こさないで」と叫んでいた。

--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 ママ : 2007年3月30日 22:33
| トラックバック (0)
2007年3月29日(木)
ボランティア本部
パパとママがNHKのニュースに出ていましたよ!と言うメールがいくつか入ってきた。 まったくも〜ぅ〜いったいどこで撮られたのだろうか?と恥ずかしくなる。私達もいよいよ有名人かも?ナーンチャッテ?
そういえば門前町には報道陣達があっちこっちに山ほどいて、どこに行くのもついて来る。ほうきとちりとりを持って5〜6人で歩いて公民館の掃除に行っただけでも、報道陣達は飛んで来てカメラのシャッターを押す。
家の中の家具が総倒れになったので、ガラスの破片や荷物の整理を一生懸命しているときも、目の前までカメラをくっつけてきて、平気でパシャパシャとシャッターを押す報道陣達。
極めつけは、半壊の家で何人かで倒れた家具を起こしている最中にマイクを突きつけて「ボランティアしている今のお気持ちを聞かせてください」ときた。 私は思わず「私達の想いは、あなたの感じていることと同じです。この悲惨な状態をほっておけないでしょ!貴方も仕事で大変でしょうけど、少しは手伝ったらどうですか!」って、よけいなことを言ってしまったァ〜。
きっと怖いおばはんと思われた だろうなァ〜?門前町の避難所にいる人達は、ほとんどと言っていいほどお年寄ばかりだ。 壊れた家を残して余震が続いている不安な日々を、避難所で暮らしているのに、更にのべつまくなしに報道陣達が出入りされたらたまったもんじゃない。
疲れて横になっていても写真を撮られたりしては落ち着いてゆっくり休まる暇もないだろうと、お気の毒になる。同じ人間としての思いやりのマナーを、もう少し報道陣の方々にも身につけていただけたらと切に願う。
一番悲惨な事をトピックスにするのではなくて、悲惨な中でも一番嬉しくて希望がもてる事をどんどん記事にして伝えていただきたいと心から願う。

--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 ママ : 2007年3月29日 22:35
| トラックバック (0)
能登地震ボランティア
私自身、震災のボランティアは、初めてです。地震の翌日門前に駆け付けて、ボランティア担当者と話をしたら、心得のきびしい話を聞き、一瞬エェット思いました。
それは、自分の事は、自分でする。被災者への配慮が出来る事、積極的に動ける事等など。出来ない人は、要らない。とハッキリ言われました。
確かに、駆け付けてくれた皆さんには、頭がさがりました。手弁当は勿論、宿泊も寝袋で車で寝る人や1時間前後掛け被害の少なかった地域の宿泊施設から通う人がいます。
現場では、無駄口もたたかず、モクモクと働いています。やはり、若い人が中心でまだまだ捨てたものでは無いと思いました。
今日もボランティア希望者が殺到?して対応に追われていました。いざと言う時には、助け合う気持ちを殆どの人が持っていることを確認出来た気がして、嬉しくもなりました。
藤井パパより
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 パパ : 2007年3月29日 22:14
| トラックバック (0)
能登地震
キララの有る門前の被害は、最悪の状態です。しかし、キララは何事も無かったような感じです。
私もボランティアに来て三日経ちますが、色々ともどかしい面が多々あります。ボランティアの出来る事が限られているからです。
それに、役場の職員も経験のない事で対応がハッキリしていない点があります。ボランティアも被災者からの依頼が無いかぎり動けません。等などあり、経験者のアドバイスで動いています。
今日は、一日電話の対応を手伝いましたが、全国から沢山の電話があり、ボランティアの人数も足りている状態です。でも、まだまだ長期戦になりそうなのて、ボランティアは、必要になると思います。
これからも、ご支援お願い致します。
藤井パパより
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 パパ : 2007年3月29日 18:32
| トラックバック (0)
2007年3月28日(水)
門前でボランティア
能登半島大地震で町中が、ほとんど被害にあっている、と言っても決して言い過ぎでないくらい悲惨な状態の門前町。
今日から本格的なボランティアの受け入れ体制が始まった門前町のボランティアスタッフとしてお手伝いにきています。 門前町通り一帯は想像以上に悲惨な状況で、どこから手を付けたらいいのか?分からない状態でしたが、ようやくボランティアスタッフ達が集まり始め活動が開始されました。
ボランティアの基本は、まず自分の事は 全て自分で責任を持ってする事。交通や宿泊の手配は勿論、食事や飲み水一杯たりとて被災者のものには手を出さない等々…
熟練されたボランティアさん達は流石に徹底していて、ただただ黙々と働いている姿に感心させられました。
今日は村の人達が避難している公民館の部屋やトイレの掃除、山摘みになっているゴミをトラックに運ぶ込む作業、半壊の家の中の整理と掃除等々のお手伝いをしました。仕事は沢山ありすぎてきりがありません。 半壊の家の一人暮らしのおばあちゃんは、思いがけない沢山の人達が手作いに来てくれたのに感動して、こんなありがたい事は無い、と波を流して喜んでくれました。おばあちゃんの涙を見て私達は肉体労働の疲れがどこかに吹っ飛んで行ったような気がしました。これぞまさしくエネルギーの交換かな。
私にとって、おばあちゃんの涙がありがたかったなァ〜〜\(^_^)/
 
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 ママ : 2007年3月28日 23:55
| トラックバック (0)
2007年3月27日(火)
能登半島地震ボランティアのご参加希望の方へ
地震後、ボランティアで伺いたいという方のお電話を何本もいただき大変感謝しております。
いやしの村の藤井村長が、現地ボランティアのお世話役の方と話をしました。
その内容のメールです。
--------------------------------
2007.3.27 23:48
今ほどまで、ボランティアの世話役と話をしていました。
●被災地の手伝いは、「危険をともなうという認識がある事」「被災者への配慮ができる事」。
●自分の身のまわりの事「食べる」「寝る」「移動(自家用車不可)」は全部自分でできる事。
●自分が何をすべきかが把握できる人
上記以外は、ご遠慮していると言われました。
結構きびしい話でしたが、もっともの話かも知れません。
へたに怪我をしてもらっても大変で、今は、自衛隊などのプロのようなボランティアさんを優先させてもらっているそうです。
様子を見て一般のボランティアさんを受け入れたい意向でした。
私たち一般のボランティア希望の方の受け入れ態勢が整いましたら、いやしの村としても何ができるかを改めてご案内させていただきます。
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 まっちゃん : 2007年3月27日 10:23
| トラックバック (0)
2007年3月26日(月)
2007年能登半島地震
日本全国の皆様へ
この度は、皆様には大変ご心配をおかけし、ご連絡もいただき大変感謝しております。
いやしの村の事務所がある川北町や金沢市は地震の揺れは強かったのですが、お陰さまで特に大きな被害はありませんでした。
ただ、報道されているように能登地区の被害が大きいです。
輪島市門前町には喜楽楽があります。地震当日は大きな揺れと共にドアや障子が外れました。
まだ断水にはなっていませんが、貯水タンクの水がなくなったら水が出なくなる可能性があります。
また、周辺の道路も何ケ所か陥没しております。
門前町では断水や家屋の半壊、道路の陥没の被害が出ており、町役場も何から手をつけていいのかを緊急に検討しているそうです。
喜楽楽は能登門前の皆さんと共に生きてきました。このような事態ですので、喜楽楽を開放して避難所として使って頂ければと思い、その旨を門前町に伝えてあります。
また、いやしの村とJOYヒーリングの会で募金活動など支援をしたいと思います。
また、ケビンの意向で、今ある寄付金感謝箱の寄付金も一時的に能登半島災害支援金にまわさせていただきます。ご協力お願いいたします。
義援金は下記口座までお願いいたします。
●振込口座番号 郵便振替口座 00720-9-15554
●振込先名義 中西ヒーリングの会
※振込用紙の通信欄に「能登半島地震の義援金」とご記入ください。
※振り込み手数料は、個人にてご負担のほどよろしくお願いいたします。
JOYヒーリングの会 理事長 代表 中西研二
(株)いやしの村 代表 藤井敏男
--
いつもありがとうございます。今日のrankingは?
1日1回クリックのご協力お願いします。
![]()
投稿者 まっちゃん : 2007年3月26日 15:19
| トラックバック (0)

