Archive for 2007年5月21日

世界平和交響曲(SSOP)

5月20日、白光真宏会主催の世界平和交響曲に参加しました。
新しい時代に向けて宗教や宗派、そして国や民族の枠を外した世界が、いよいよやって来たのです。
雲ひとつない青空!
富士山が目の前にくっきりとそびえ立っている富士聖地に、世界の平和を祈ろうと全世界から約一万五千人もの人達が集いました。
fuji.jpg
今回のSSOPには、なんと百万人以上もの世界中の人々が、世界平和の祈りに参加されたそうです。
hito.jpg
風になびかせながら入場してくる世界各国の旗を見ていて、宗教や組織の枠を外した平和な世界の幕開けだ!と想うと、嬉しくて感動の涙でいっぱいでした。
ご縁とは不思議で、なおかつ素晴らしいもの…!
今回は白光の会の方々とのご縁を頂きまして、ケンビこと中西研二氏ご夫婦同伴のご招待に伴い、いやしの村、そしJOYヒーリングの会のメンバーを特別来賓として会場に指定場所を設けてくださいました。
ほんとうにありがたいことです。
白光の方々の細やかなお心遣いに、心から感謝しています。
ところが、あれほどまでに楽しみにしていらしたケビンこと中西研二さんが直前になって怪我をされ、代わりにパパと私が招待席に座らされる羽目になってしまいました。「エーッ!、そんなぁー?」
まさしく「一寸先は解らない?」です。
折角ケビンに参加して頂きたかったのに、と想うと悔しいやら残念やらで…(涙)
と云うわけで、役不足でしたがパパと二人で末席に座らさせていただきました。
言葉も服装も違うけど平和の為に活動している素晴らしい方たちがこんなにも沢山いることを知り、みんなひとつだ!と感じて心が熱くなりました。
平和な地球のために心をひとつにして奏でる祈りのシンフォーニーが、世界各国の人々に届くことを願って、ひたすら祈りました。
kokki.jpg
今回の「世界平和交響曲」を皆様とご一緒に奏でられた事に、心から感謝しています。
ありがとうございました。
感謝!!


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最近、瞑想をしています

 なぜか最近、思い出したように瞑想をしています。
正直言うと天から何かメッセージをいただけないかなとスケベ根性もありましたが・・・。
以前も瞑想をしていた事がありましたが、いつの間にか止めていました。以前は、寝る前にしていたのですが、瞑想と言うより迷走といった感じでいつの間にか眠っている事が多かったので、ほとんど効果が無かったかな?と思います。
それで今回は、朝6時に起きてやる事にしました。
と言っても瞑想をしてからまだ8日間(5月8日からはじめた)ですから、とても瞑想になっていません。
とにかく6時に起きますが20分前後座っているだけです。そのうちマタマタ眠くなって横になってしまいます。しかし、そのうち慣れるだろうと呑気に構えています。
 瞑想方法は、色々あると思いますし、過去にも色々試してみました。初めは、テープによる誘導瞑想をしました。それからロウソクを見つめる方法、自然の音など音楽CDを聞く方法、無限瞑想といって、ひたすら無になる方法などなど試してみました。
 その結果、私が一番やりやすい方法は、聞こえて来る音、例えば車の音、鳥の声、生活音など何でもOKで、それに集中します。かと言っても何も考えません。音だけをただ音として聞く方法で瞑想?しています。私には、違和感無くできる方法です。
 いつまで続くか分かりませんが、これからは日ごと暖かく夜明けも早いので、しばらくは続くかなと思っています。そんな中、ふと「出家」と言う言葉が気になり、インターネットで調べてみました。
 大きな意味で「出家」とは、囲い、自我を捨て安住したいという願望を捨てる事だそうです。家や家族を捨て仏門に入る事だけを指すのではないそうです。ですから在家でも「出家」の心を持つ事が可能のようです。
 早い話、個人的所有欲を放棄し大自然のように主張する事も無く、一瞬一瞬を楽しんで生きることのようです。その中で喜怒哀楽を素直に受け入れ体験することである、とも書いてありました。
 私自身、興味と願望がありますが、まだ捨て難い物が沢山ありますので、意識だけはインプットしておき、ボツボツとやりたいと思います。


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連休に喜楽楽に行ってきました

能登地震の被災者も仮設住宅に引越しでき、とりあえず落ち着きを取り戻したように感じました。しかし、爪あとは深く土砂くずれや道路の復旧、被災者の住宅の修理、建て直し等など、まだまだ時間が掛かりそうです。
連休中は能登半島も、励ましを兼ねた観光客が沢山来てくださり、賑わったようです。また、中止も噂された伝統のお祭りも予定通り行われ、震災に負けないで頑張ろうと言う意欲を見せていて、私もホッとしました。
喜楽楽も天候にも恵まれ、爽やかでのどかな日々でした。新緑も爽やかで花壇の花や、雑草にまぎれている名前も知らない小さな花が可愛く咲いていました。ただ、広場の隅に設置した地震計(東大の研究所に頼まれたもの)が地震を思い出させる物でした。
それと小さな余震が2度ばかりきて、ふと当時を思い出しました。
私は、ゴールデンウィーク後半の2日間だけでしたが、前半は子供連れの家族などで賑やかだったようです。
喜楽楽の周りは、山菜が豊富で子供も大人も楽しみながら収穫したそうです。海岸では、海草を取り、近くの竹林ではタケノコを掘り、食材は殆ど自然の恵みを戴きました。
 春の時期は特に、食べ物に困る事はありません。それも無料です。町では高級料亭でしか食べられないような、ウドやタラの芽などもいっぱい食べられて幸せ一杯でした。田舎暮らしは、手間暇は掛かってもお金は余りかからないですね。
 海岸で採集した海草もシャブシャブにしたりワサビしょうゆと酢の物にし最高に美味しくいただき、タケノコや山菜も採る楽しみもあって一石二鳥です。タケノコは、落ち葉の陰にチラッと見つけると「やったー」と言う感じでドキドキします。子供たちも大はしゃぎだったそうですよ。
 私も町で育ったので、このような経験は少なく今でも楽しくてしょうがありません。喜楽楽に来られる方もほとんど初体験で、大喜びです。しかし、中には虫が大嫌いな人がいて、馴染めない人もいますが、そんな人も食べるのは大好きですね。
 喜楽楽の畑仕事もこれからが本番です。夏から秋にかけ、収穫できる何種類もの苗や種蒔きをして、皆さんをお待ちしています。お手伝いも楽しいし、土と触れ合うと元気をもらえますから、ぜひ遊びに来てください。


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半断食セミナー

皆さんは、「半断食」って聞いた事がありますか?
私は、過去に2度「半断食セミナー」に参加した事があります。
半断食とは、読んで字のごとく、1日3食食べるのではなく、1食だけ食べます。
それも、玄米を良く噛んで食べ、胃腸に負担をかけないようにします。出来るだけ内臓を休めるようにします。
そして、散歩やストレッチ、手当て法等で身体に溜まった毒素を排泄することをします。
簡単そうですが初めての方は、一人でやるのは危険を伴いますし、効果が半減します。
私が体験した時は、自分でもビックリする様な事がありました。
3日目ぐらいから、朝起きると目やにがいっぱい出てきました。それから順次、煙草も吸っていないのにタンが出てきました。さらに風邪も引いていないのに、鼻が出て自分でも 俳毒している事を実感できました。
ビックリしたのは、俳毒が始まると夢も変わると言われたのですが、本当に昔のいやな夢とか、苦しかった夢を見て、精神的にも俳毒してると思いました。
参加者の中には、過食、拒食の人や癌の人アトピーの人等様々な人がいましたが、1週間のセミナー
の最後には、宿便が出て大喜びのおばさんが先生に「宿便が出ました、見てください」とトイレまでつれて行っていました。
食は、運命まで変えると水野南北氏が言っていましたが、根暗なお兄ちゃんが凄く明るくなって帰ったのにも、ビックリでした。
私たちは、入れる事に気を使うけど、出す事には無頓着ですが、本来出さなきゃ良い物は入らないという事を認識したほうがよさそうです。
6月10日から16日の1週間、ドクターで正食協会講師でもある、三浦直樹先生が指導してくれます。
安心して、デトックス、ダイエット、リラックスを体験してください。
場所は、石川県の門前町にある「喜楽楽」で行ないます。
静かでのんびりできます。詳しくは、(株)いやしの村 076-277-8625までお問い合わせください。
ドクターの個人相談等、盛り沢山の内容でお待ちします。
詳細はこちらをご覧下さい。


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死はやはり悲しい。

今年は、私にとって変化の多い年です。
例年に無い、雪の少ない暖冬も初めての経験でした。
能登半島地震も、生まれて初めての経験でした。
そして、知人が何人も亡くなりました。それも、若い人が多く残念な気持ちでいっぱいです。
4月だけでも、山梨の47歳の女性と千葉の44歳の女性が亡くなりました。
お知らせを受けた時、私は呆然としました。千葉の女性の時も5日ほど前にご主人と電話をし、日ごとに元気になっていると聞いていた矢先でした。
葬儀に参列して感じたことは、仏さまになると、あんなに小さくなるのかと思うほど、小さく感じました。
魂の抜けた体は、物体のようにも感じて、益々寂しくなりました。
ご自分より先に旅立れたご両親や残された家族の悲しみは、如何ほどかと思いました。
死は無い。今世の卒業で、おめでたい事と言いますが、残された私たちは、やっぱり空しさが残りますね。
私の両親が亡くなった時、天国に行ったのだから良かった、とか何時も傍で見守ってくれているから寂しくないとか、一生懸命に自分を繕っていた気がします。寂しい時は寂しいと素直に言ったほうが良かったと思います。
ディクシャを受けてからは、自分を素直に表現出来るようになった気がします。
これまで、我慢していた涙も流せるようになりました。
苦しい時は苦しい、楽しい時は楽しいと我慢しないで素直に表現した方が得ですね。
私の父も、亡くなる直前に「人間、素直に生きな損やね」と言っていました。
私も一瞬一瞬を、大事にして素直に生きようと心から思います。明日の保障は無いのでしょうから。
お亡くなりになられた方々のご冥福と、能登地震の被災者の復興をお祈りしたいと思います。

藤井敏男


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能登地震に遭遇して

自分が見たものが現実?

3月25日の能登半島地震には、本当にビックリしました。
私はその日金沢で、ある会合に参加してビルの4階の会議室にいましたが、今にもつぶれそうな凄い揺れに何もできず、他の参加者と呆然としているだけでした。
揺れがおさまり、すぐに外を見ると電信柱や電線が大きく揺れていました。もしかしたら大変な事が起きたのでは?と思い、自宅に電話をしても回線が繋がらないし、情報が入ってこないので焦っていたら、会合に参加していた方が携帯TVを見て「震源地は輪島付近らしい、それも震度6強」と言っていました。「金沢は?」と聞くと震度4と言われ、とっさに喜楽楽はどうなったのかと思い電話をかけ続けるが5時間ほど繋がらず焦ってしまいました。
やっと管理人の千葉ちゃんと繋がって様子を聞くと、意外な明るい声で「ゼンゼン大丈夫でーす」と返事がきて、安心したのと拍子抜けしたのとであっけに取られた感じでした。
しかし、よく聞くとほとんどのふすまが外れて倒れたのと、コップが2つ割れたそうです。
千葉ちゃん曰く
「地震は凄かったけど、初めての体験で怖いと言うより楽しかった。それより最近のストーブお利口ですね。慌てて消しに行ったら2台とも消えていたよ。」でした。
しかし、夜のニュースを聞きまたまたビックリ、見慣れた門前町と軒並み倒れた家が映っているので、千葉ちゃんの話と一致しないぞ、報道は極端なところだけクローズアップしているのかなと思いました。とにかく喜楽楽に行かなくちゃと思い、翌日の予定をキャンセルして門前に行く事にしました。 

予想以上の被害に唖然!

ニュースでは、道路も寸断されているらしいが、とりあえず行けるところまで行ってみようと妻と朝の6時半に出発しました。能登有料道路は柳田で通行止めになっており、国道249に入り富来まで行くと、この先門前方面は通行止めになっていました。ここから先は迂回路を利用し、細い道をクネクネと運転していくと、途中ブロックが倒れていたり、瓦が落ちていたり、歪んだ家があったりと、門前に近くなるにつれて被害が大きくなってくいくのを感じました。
いつもより、1時間遅れで何とか喜楽楽に着き中には入らず、すぐに千葉ちゃんを乗せて町まで行きましたが、唖然としてしまいました。軒並みテレビの報道の通り、と言うよりもっとすごい状況でした。千葉ちゃんも喜楽楽の周辺と大違いなのでビックリ、やっと事の重大さを知った様でした。
私たちは、すぐに知人の家を訪ねてみると2軒の家は、傾き玄関の戸は半分開いたままで動かず、下駄箱や部屋のタンス類は倒れ足の踏み場もない状態でした。避難所に行ったらお一人は娘さんの家に非難し、もう一人は別の場所に避難して怪我もなく元気だと聞きホッとしました。
また別の知人は、半壊の家の前で呆然としていて、昨日から何も食べていないと言うので、持って行ったペットボトルとおにぎりを置いてきました。
喜楽楽によく遊びに来てくれる人の家も、柱が折れ壁が落ち基礎が10cm以上ずれ、余震がきたら倒れそうなのに掃除をしていました。私たちも何といって良いやら言葉に困りましたが、一緒に片付けや掃除の手伝いをしました。ただ、救われたのは主人や息子さんが前向きで「この様なきっかけがないと変われないんでしょうね。この町もきっと生まれ変わるんでしょうね」と冗談交じりで話をしていました。その親子は、家がそのような状態にもかかわらず、今日も自分の家で寝ると言うので、ぜひ喜楽楽で泊まるように説得してきました。それに断水しているので、喜楽楽から水を運びました。

日帰りで喜楽楽に行ったのつもりが・・・

私もママも日帰りで帰る予定で来たのですが、現状を知ってしまったら、このまま帰れなくなりボランティアとして残る事にしました。
翌日門前役場に行くと、突然の事で何から手をつけて良いのやら分からず右往左往していました。ボランティア本部は今日中に立ち上がる予定なので、明日の朝もう一度来てくださいとの事でしたので、係りの人に喜楽楽を使ってくださいと言って昨日の知人の家の手伝いに行きました。
午後に時間が空いたので金沢に着替えを取りに帰り、会社のスタッフに現状の説明ややり残しの仕事をして、翌早朝門前に向かいボランティアミーティングに参加し手伝う事になりました。
早速、仮説トイレの掃除やゴミの仕分け、被災者の家の片付けや掃除に追われました。
被災者の家に行くと、おばあちゃんが一人で住んでいる所も多く、私たちに「すみませんねー。掃除は私がしますから倒れたタンスだけ起こしてくだされば充分ですから」と遠慮がちなので私たちも「何でもさせてください、その為に来たのですから」と言うとおばあちゃんは、「今まで対岸の火事と思って何もしないで来たけど、これからはお返しさせてもらいます」と手を合わせていました。
私は、8人のグループで行動していました。若い人が中心でしたが、皆さん積極的に黙々と働いています。被災者の家に行っても家人に対する気遣いはもちろん、作業も誰に指図されなくても動いています。さすがに自発的に参加する人の意識は高いなーと頭が下がる思いでした。私も久しぶりの力仕事でチョッと筋肉痛です。

日本中から報道陣、モラルは?

その間、報道陣がしつこく付きまとい仕事の邪魔になる場面も多々ありましたが、報道陣も「すみません。私たちも仕事なのでお願いします」と金魚の糞の様に付いていました。
全国から凄い数の報道陣が来て狭い駐車場に車を止めるので、係りのボランティアさんも大声で「被災者やボランティアの邪魔をしないでください!車は直ぐ移動してくださーい」と声を枯らしていました。確かに報道陣のモラルも考えてもらいたいですね。
翌朝、ボランティア本部に行くと地元に土地勘がある人が本部にいないので居てほしい、と言われ私とママは本部でニーズと言う担当をする事になりました。確かに本部で働く人は、災害を経験した各地から派遣された方たちが中心で、地元の人が2人程しかいなく困っていたようでした。
ニーズと言う役割は、被災者からの電話でのボランティア依頼や、全国からボランティアに行きたいけどアクセスを教えてほしいとか、炊き出しに行きたい等など電話での窓口業務です。確かに土地勘がないと返事に困る電話も多く、電話に馴れた人が適任のようでした。
中には、苦情電話も多々ありました。
お役所に頼んでも何もやってくれない、折角ボランティアが来たのに赤紙(危険家屋で立入禁止)が張ってあると言って帰ってしまったけど誰に頼めば良いのか、宿泊先をあっせんしてくれなきゃボランティアにいけないじゃないか、などなどです。(ちなみにボランティアは基本的には、自分で自分の事を出来る人のみ受け入れています)
被災者の方からの一番多い苦情は、役所に電話をしたがたらい回しにされ、挙句の果てボランティア本部にまわされ、さらに危険な作業は出来ないと断られ(屋根のシート張り等の作業)「もう誰にも頼まん」と怒鳴られた事もありました。私も何とかしたいけどボランティアは安全第一なので低調にお断りして、自衛隊や消防署員を案内しますが、忙しくて回りきれないのが現状でした。

お役所の対応

やはりお役所の皆さんも慣れないことばかりで、対応に戸惑っている感じで臨機応変の対応が出来ないのでしょう。それにお役所の体質もあって慣例を曲げられないのでしょう。ですから、ゴミ一つにしても分別しなさいと指導するけど、現状とても出来る状況ではありません。壊れた電気製品や割れたガラス、土壁、茶碗、タンス、襖等などあらゆる物が運ばれてきます。ボランティアのリーダーや被災者とお役人が喧嘩する場面もありました。
それぞれの立場があり、お互い分からないわけじゃないのですが、現実を見ながらの対応を上役が決断するしかないですね。結局ゴミ収集車も何もかも混ぜ合わせて取っていきました。

喜樂楽を開放

喜樂楽を使ってください。と申し込みましたがボランティア本部としては、一律に出来ないサービスはしないのが建前なので、ボランティアさんの宿泊を公けに受け入れられない状況でしたが、ご縁のあった方々に宿泊のみですが無料で利用していただいています。
被災地近辺は、宿泊施設も限られているので県外の方は、寝袋持参で車で寝ている方が多いようです。また、1時間ほど離れた所に宿泊し門前まで通っている人もいらっしゃいました。
喜樂楽で泊まられた方も寝袋持参で車で寝る覚悟で来たので、お風呂にも入れて大喜びでした。泊まられた方は朝起きると自発的に掃除をしたりして帰られました。

今後の復興は?

被災地の復興は、この先長い時間を要すると思います。門前町は老人比率が47%と言う高齢者の町です。ある73歳の方とお話をさせていただきましたが、「わしは、まだ若い方だから使い走りをさせられているよ」と笑っていました。復興については、ご老人の方は建て直す気力も資金も無いですので、どうしようかと途方に暮れています。仮設住宅も2年間だけしか住めないそうです。
息子さんや娘さんが近県にいて、そちらに行く方もいるそうですが、長年住み慣れた所を離れるのは偲び難いですね。また、自分の子供に遠慮をして行けないという人もいました。
その方は、東京の息子さんから手伝いに行くと電話があったのに、泊まる所も無いと断ったそうです。何だかやるせない話ですね。
この先、行政の対応が問われると思います。私達個人では大きなこともできず、陰から応援するだけです。私も9日間のボランティアを通じ、被災者が本当に望む事を自分はどれだけお手伝いできたのだろうか?と思いました。結局は、自己満足に過ぎなかったのか?とも、感じました。

小さな想いが集まると・・・

でも、一人ひとりは大きなことはできなくても、この小さな想いが被災者の心の支えになり、行政を動かす原動力にもなっている事も間違いないようです。被災者も対岸の火事ではなくなり、今度は助ける側になりたいと口々に言っていました。
全ては、必要必然と言いますが、私達は、体験しないと痛みが分からないので、神は敢えて体験させ調和の方向に導いているのでしょうか?。できれば、このような体験はしなくても分かち合いや調和をしていきたいものですね。
私自身もこのような長期間?ボランティアに参加したのは初めてなので、本当に学ぶ事が沢山ありました。中でも人々の優しさや暖かさをいっぱい感じました。自然の力強さ、そして大地震に関係なく咲く桜や花々の優しさも感じました。元気でいられる喜びなどなど感謝です。子供たちやスタッフもボランティアに駆けつけてくれた事も嬉しかった。
ボランティアにいけない方々からの寄付金、励ましの電話も嬉しかったです。
この後、被災者の皆様の一日も早い復興と健康をお祈りしたいと思います。この先も少しでもお手伝いしていきたいと思っています。

藤井敏男


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